数学ぎらい 前編

 

 

学生生活の中で数学を好きになることなど1度もなかった。

よく理系の子が主張する「公式さえ覚えれば解ける」といったセリフなどいまだ信用する事ができない。公式を頑張って覚えた所でこの公式通りに当てはめて解ける問題なんてせいぜい始めの1,2問くらいで、いつの間にか応用問題になっている。

これはせっかく覚えた公式もちょっとしたアレンジを加えなければ解けないように作られていて、苦手な者にとってはこの「ちょっとしたアレンジ」の「ちょっとした」がちょっとどころの騒ぎではない。

「ちょっと盛ってみた(♡ >ω< ♡)」と目にはバチバチの付け睫毛と大人可愛いナチュラルカラコンのブラウンを装着し、唇にはイヴサンローラン4番の「女豹の赤リップ」もしくは14番「愛されガールのキャンディコーラル」はたまた50番「略奪OK ルビーフューシャ」を塗りたくり、自分史上最高のキメ顔を作りながら斜め上の角度から少なくとも数十回は連写したであろうその中のベストな一枚になおかつ何度もフィルターをかけまくってスタンプやらなんやらをゴテゴテと盛り付け加工してほとんど原型をとどめていないにも関わらず「ちょっと盛ってみた(♡ >ω< ♡)」と嘘八百の投稿を堂々としてしまう自己顕示欲の高い女子大生の自撮り写真の「ちょっと」くらいちょっとしていない。あまりにひどい。なんだよ「略奪OK ルビーフューシャ」って。

とにかくなんていうかもう応用問題は別次元のものとして扱ってほしい。

 

花子さんが学校を出てから1時間後に太郎君が自転車で花子さんの後を追いかけました。花子さんの歩く速度は分速75mで太郎君が自転車で走る速度は分速250mです。太郎君は何分後に花子さんに追いつくか求めなさい。

 

例えばこの問題は今見ただけでも拒否反応が起こる類の問題なのですが、これは何かの公式に当てはめて考えれば解ける問題なのでしょう。一応小学生の問題です。

しかしこれが更に「途中太郎君が休憩した場合」とか花子さんの速度がいきなり数分間だけ変わったりする応用問題になるともう泡吹いて倒れそうになるのです。授業中は頑張って解かないといけないので足りない脳みそをかき集めて考えるのですがさっぱり分からない。もう何も考えたくない。思考回路はショート寸前。今すぐ帰りたい。

そして一向に分からずその問題ばかりを読み返していると次第に問題自体にふつふつと怒りが沸いてくるのです。

 

そもそも分速を測定できる技術があるのであれば私たちに問いかけずとも太郎と花子で解決してほしいし、なぜ学校から太郎君が自転車に乗って出てくるのか分からない。君は私と同じ小学生のはずなのになぜ自転車で登校しているんですか。太郎君は上級国民なんですか。我々一般市民を見下した上級国民アッピールなんですか。それなら爺やにロールスロイスでお迎えに来てもらえよ。そしてロールスロイスで花子を追え!そもそも花子もお前学校から出て何時間歩いてんだよ!どんなけ歩く気だよ!山奥ってレベルじゃねえぞいい加減にしろ!!ていうかこっちが脳みそ焦げ付く程考えているのに太郎お前途中で休憩すんなや!!!

 

もはや算数の時間は怒りの時間と化し、その後も続く太郎と花子のくだらない問いかけシリーズや塩分濃度5%の食塩水をどうこうするだとか、馬鹿でかい風呂に沈めた大きな石の体積や水の体積(だいたい水道の水出しっぱなしにしがち)を求めなさいなどといった金持ちの変態の暇つぶしみたいな問題の数々に頭を悩ませていた。あと「~しなさい」とか「~せよ」というそれが人様へ物事を頼む時の態度かと言いたくなるような偉そうな出題者の口調にもムカついていた。

ついでを言えば博識そうなフクロウのゆるキャラ崩れみたいなキャラクターが「やってみよう!」と教科書の隅のほうで呟いている挿絵も憎らしくてたまらなかった。「やってみよう!」じゃねえよお前がやれ!かわいい挿絵でごまかそうとしてんじゃねえぞ!それに90年代後半の教科書の挿絵レベルなんてまだ「ゆるい」も「かわいい」も確立されていない時代であり、物凄く中途半端な顔つきと色合いで逆に煽り要素がたっぷりあったと記憶している。あと大学帽を被ったリスの変なキャラクター!お前もまだ許してないからな!!だいたい仮に可愛かったとして可愛いキャラクターに励まされ「ようし、算数がんばるぞ!」なんてなるわけないだろ!こちとらリラックマの抱き枕に癒しを求めて1LDKの部屋の片隅で缶チューハイをプシュッと開け「はぁ、また怒られちゃった。。。明日は頑張ろっか」と独り呟くOLじゃねんだよ!

 

とまぁこんな感じだったのでお察しの通り小学校から中学校まで理数系の成績は常に悪く、本当は英語科に行きたかったのに理数系が足をひっぱりすぎて進路選択にも大いに影響した。受験勉強の時には国立大生の従兄弟が家庭教師をみっちりやってくれたのだけど一筋縄ではいかなかった。特に中学3年の数学の問題なんて本当に意味が分からなくて難しくて時には問題を解きながら湿疹が出たり歯を食いしばり泣きながら問題を解いていた。毎日大嫌いな数学について本気出して考えてみなければならないストレスと受験が失敗したらどうしようという不安から精神がガリガリと削られていき、意味の分からない問題への怒りは更に増していった。

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引用 http://benkyo.me/mathematical-proof/

 

証明の問題がまた本当に大嫌いだったのだけど、なぜ一目瞭然の事柄をわざわざ記号まで用いて小難しく長々しく説明しなければならないのか、問題の意図というより問題の存在意義について腹が立って仕方がなかった。何度説明を受けても分からない。何が分からないのかも分からないから何を聞いていいのかも分からないし、やり方を教わっても自分では全く記述が思い浮かばないので何も書き記すことができない。なんと無力でちっぽけな自分。

だったらこやって証明したらぁぁあ!!と図の二つの三角形をハサミで切り取って二枚重ね「ほうら、ぴったり同じでしょうよ」と証明しようとする始末。完全なる暴挙。記述ができなければ切り取って証明すればいいじゃない。私はマリーアントワネットの生まれ変わりかもしれない。

こんな生徒と家庭教師とのやり取りはまるでヘレンケラーとサリバン先生のような根気強くも微笑ましい光景ではなく、そこには白目を剥きながら「切り取ったらぁぁ!!」と問題集のプリントをハサミで切り取ろうと何かに取り憑かれたかのように怒り狂う私とそれを押さえつける家庭教師の従兄弟の姿があり、それはまさに1973年公開の映画エクソシストの恐怖の光景そのものであった。

 

根気強く慈悲深い神父もとい従兄弟のおかげで無事志望校には合格した。奇跡である。数々の暴挙に理数系に力を入れる事は完全に諦め、他の教科を満点が取れるレベルに磨き上げるという作戦が功を奏したのである。というか今思えばよく従兄弟に殺されなかったなと思う。

 

さて志望校に進学した私は花の高校生活をエンジョイし、2年生からは自分で全部時間割を決める事ができる選択科目システムであった為、迷うことなく理数系の科目を全部バッサリと切り捨てた。私の人生から理数系の科目なんて切り取ったらぁぁぁ!グッバイ理数ライフ。もうお前に悩まされることなく自分で選択した好きな科目だけを深く追求する事ができるのだ。好きなことで生きていく!ヒカキンみたいな自由を手に入れた私の高校生活はますます輝きを増していった。

 

ただ一つ、数学を捨ててからも毎学期開催される学年テスト(国語、英語、数学)は数学を取っていようがいまいがテスト科目に入っており、ただし数学や他の教科を選択していない生徒の事も考慮して3科目ともア、イ、ウ、エから選べる4択問題になっていた。適当に選んでもどれかは当たるし学年レベルを計るだけのテストであった為にそれほど成績にも影響しなかった。そんなものだから数学においては問題も見ずに適当にアイウエを書いてあとは寝てみたいなふざけたテストの受け方をしていた。まるで今まで散々苦しめられてきた数学に対し、長年の恨みを果たすかのように復讐としてぐっすりたっぷりと寝てやった。

しかし高校3年生の最後のテストの時だけは選択肢が急にアイウエからABCDに変わっており、いつものように問題を確認せずアイウエをひたすら書き殴った私は0点を取った。最後の最後で返り討ちにあった。だけどもう復讐する気も復習する気もどこにも残っていなかった私と数学との12年戦争はこれにて幕を閉じたのであった。

 

次回、この状態から10数年の時を経て改めて数学の問題にチャレンジしたらどうなるのか、果たして私は数学に復讐を果たすことができるかの実践編「数学ぎらい 後編」へ続く